タイの首都バンコクの次は東南アジア屈指の観光地アンコールワット遺跡を訪ねます。
カンボジアは第二次大戦後1953年にフランスから独立しましたが、1970年頃から1991年まで内戦が続きました。特に、1975年に樹立されたポル・ポト政権下で大量の虐殺が行われ、亡くなった国民は100万人とも200万人とも言われています。現在でも経済的に混迷を極め、2019年の一人当たり名目GDPは1620米ドルで、日本の25分の1にしか過ぎません。
アンコールワットはカンボジアの首都プノンペンから北西へ約300kmに位置するシェムリアップにあります。
日本からの直行便はありません。バンコクから移動し、3泊4日の予定で過ごします。
シェムリアップ。人口14万人ほどの小さな町ですが、北に世界遺産アンコールワット、南に東南アジア最大の湖・トンレサップ湖を有する観光の街です。
街の中心にはレストランなどが連なるパブストリートやオールドマーケットという大きな市場があり、多くの観光客で賑わっています。私達のホテルから2~3分のところです。
バンコク午前10時発のフライトで、チャオプラヤ川を眼下に眺めながら、カンボジアのシェムリアップに向かいます。
午前11時にシェムリアップ空港に到着。バンコクとの時差はありません。日本は12時、1時間差です。
クメールマンションブティックホテル。空港からタクシーで10分ほど。小さなホテルですが、繁華街にも近く、緑に囲まれた素敵なホテルです。
ウェルカムドリンクのおもてなし。タロイモチップとミニケーキも付いています。
部屋は4階、最上階の角部屋で眺めも最高。半年以上前に予約したこともあり、一番いい部屋をあてがってくれたようです。
しかし問題が。エレベーターが改修工事のため使えません。足腰に難を抱えているため、2階の部屋に替えて頂くことにしました。
落ち着いたところで、先ずは現地視察。シェムリアップの繁華街パブストリートにはレストランやパブ、屋台などが並んでいます。
早速カフェでビール。暑いですからね。
路地裏にもお店があります。バイクで引っ張るトゥクトゥク、屋台風で雰囲気があります。
ホテルに帰って、2階の部屋に移動。荷物はスタッフが運んでくれていました。その後、プールサイドでのんびり。
夕食はカフェ・モイモイです。ホテルからアンコールワットの方向へ4kmほどのところにあります。日本人女性とカンボジア人の夫妻が経営するカフェレストランです。
アラカルトもありますが、セットメニューからチョイスします。
食事が終わったころ、オーナーの小出陽子さんと旦那さまがテーブルにやって来られました。
小出さんはカンボジアで農民の自立や生活向上、アンコールの遺跡発掘・修復への支援、バイヨン中学校の教育支援など多岐に渡って活動されているとのことです。
お店では、地域の方が作られた工芸品を販売しています。私たちもお箸をペアで購入。 モイモイMoiMoiはクメール語で「ゆっくりゆっくり」という意味だそうです。そのような雰囲気を感じさせてくれるお店でした。
ホテルに帰ると、入り口の通路にはイルミネーションが。もうすぐクリスマスです。
ところで、チェックイン時「ニューハーフショーで夜の8:30~10:00まで大音量の音楽が聞こえてくる」との説明がありましたが、真夜中の12時を過ぎても収まる気配がありません。街中に響き渡る音源を探し求めて夜道を200mほど行くと、そこはホテルの真裏、しかも壁を隔てて私たちの部屋の真ん前のようです。
ニューハーフショーの真っ最中。舞台の前にはマッサージ用ベッドが並んでいますが、お客は誰もいません。ホテルに帰り、スタッフに翌日から部屋を替えてもらうようお願いして、轟音の中を寝ることに。
睡眠不足ですが、気持ちのいい朝です。
朝食は9種類のメニューから選べます。
私はクメールのお粥。スパイスでピリッとしますが、さっぱりしていて優しい味です。どのメニューもフレッシュフルーツが付いています。
今日は日本語の現地ツアーに参加してアンコールワット遺跡群を訪れます。
先ずはバルーンに乗って上空からの眺めを楽しみます。オプションで、参加するのは2組4名のみ。乗らない人は地上で待機です。
ヘリュームガスタイプのバルーン。定員は20名。4名だけなので自由に動けます。
地上とはケーブルで繋がっています。熱気球のように空中遊覧は出来ませんが、安全そのもの。真っ直ぐ上に上昇して行きます。
地上が徐々に小さくなって行きます。上空約120m、最高地点です。
我々が乗るバスケットはドーナツ状で、移動すれば360度のパノラマビューが楽しめます。一面ジャングルの大平原、どこまでもまっ平。
ジャングルの中に建物が見えます。アンコールワットのようです。
10分ほどのバルーン体験でした。最後は地上と合体。
アンコール遺跡群 : アンコール・ワット、アンコール・トム、タ・ブロームなど、9~15世紀に東南アジアで栄えたクメール王朝の遺跡が世界遺産に登録されています。
遺跡巡りは、アンコール・トムの南大門からスタート。
門前で待ち構えている象さんに乗って周辺を観光することも出来ます。
アンコールとは「都市」、トムは「大きい」を意味し、「大きな都」がアンコール・トムです。クメール王朝最盛期の12世紀後半に構築された、3km四方もの城壁に囲まれた大きな城塞都市です。
お濠を渡る参道の両側には54体の像が前向きに並んでいます。その先頭に大蛇の像ナーガがいます。
阿修羅像や神々の像が大蛇の胴体を引っ張っています。 ヒンドゥー教の乳海攪拌という天地創造の神話で、蛇神ナーガの胴体を引っ張って海を攪拌している場面です。
アンコール・トム遺跡の入口となる南大門。門の上部に大きな顔が彫られています。観音菩薩の四面像で、顔の大きさは3mほどもあります。
門をくぐると、アンコール・トムの中心にあるバイヨン寺院が見えて来ました。大きな祠堂の周りには16の四面仏塔が建っています。
寺院への入り口。その柱には精緻なレリーフが刻まれています。
仏塔の四面に仏様の顔が彫られています。お坊さんも記念撮影。
「カンボジアの微笑み」と称されるバイヨンを代表する四面仏です。
チカちゃんが何か見つめています。仏様とKiss、ガイドさんの得意技のようです。
レリーフも見逃せません。なまめかしいですね。
優しいお顔のお坊様。
バイヨン寺院を後にしかけたところで、ガイドさんからリクエスト。
なんでジャンプをするのか分かりませんが、とにかく言われるままに。
バイヨン寺院からバプーオン寺院を経て象のテラスへ向かいます。
バプーオン寺院への参道。200mほどの参道は円形の柱で支えられています。 またまたガイドさんの計らいで、参道に潜って記念撮影。こんなことをやっているのは我々のグループだけ。おかげで参道の素晴らしさがよく分かりました。
バプーオン寺院。11世紀に建築されたピラミッド型をしたヒンドゥー教の寺院です。
バプーオン寺院を素通りして、象のテラスに向かって進みます。テラスの長さは300m以上にも及びます。
象のテラス。12世紀に建造されたそうです。
象が鼻先で持っているのは蓮の花や食べ物。
壁にも繊細で美しいレリーフが施されています。
このテラスの前で兵士を乗せた象軍団が整列し、王様や王族による閲兵式や凱旋パレードが行われたそうです。
象のテラスの隣りにライ王の像があります。らい病にかかった王様です。この像はレプリカで本物は国立博物館にあります。
土産物屋さんで休憩。ココナッツジュースを頂きます。
次はアンコール・トムの東側に位置するタ・ブローム寺院。東西1km、南北600mの広大な敷地の中にあります。案内順路に従って見学して行きます。
タ・ブロームは12世紀末に仏教寺院として建てられ、その後ヒンドゥー教寺院に改宗されました。周壁に囲まれた境内に入ると遺跡の壁石や石柱などが至る所にゴロゴロしています。
最初に目にするのは、人が包み込まれるほどの巨木。
こちらでは巨木が石塀に馬乗り状態。
建物の上にも! 至る所で建物や塀がガジュマロのような巨木によって浸食されています。
最初は戦争によるものかと思ったのですが、自然の力だったとは! 壁石のレリーフも修復を願っているかのようです。
修復計画もあるとのことですが、自然の凄まじさが遺跡の人気でもあり、あえてこのまま保存する方針だそうです。
樹齢300年の巨木も今なお成長を続けています。このままでは人気の遺跡そのものがなくなってしまいかねません。矛盾を抱えた遺跡ですね。
根っこの中に何かあります。仏像です。タイのアユタヤ遺跡で見た菩提樹の木の根に包み込まれた仏像の頭部と同じ状況ですね。
巨大な根っこ。まだ食べ尽くし切れていないとでも言いたそうなタ・ブローム寺院でした。
ヤマト・ゲストハウスで昼食。レストランを兼ねて民宿を営んでいます。 昼食後は、今回の旅のハイライト、アンコール・ワット遺跡の見学です。
アンコール・トムは「大きな都」という意味でしたが、アンコール・ワットは「都の寺」、つまり大きな都にあるお寺だということですね。幅200mほどの大きな濠が境内の周囲を取り囲んでいます。
お濠の中の参道を西門へと渡ります。この参道の修復に上智大学プロジェクトチームが関わったことが書かれています。
西門から境内に入ると、アンコール・ワット寺院へ600mほどの参道が続いています。
アンコール・ワット寺院。入り口周辺は観光客で溢れています。
参道の途中で庭園に入ると、「逆さアンコールワット」として人気の撮影スポットがあります。 左の写真は上下逆で、右が本来の姿です。
チカちゃんがアンコール・ワットを持ち上げています。手の位置もピッタリ、撮影はガイドさん。
参道の両側にはヒンドゥー教の乳海攪拌という天地創造の神話に出てくる蛇神ナーガがいます。
入り口の近くに東西・南北の回廊が交わる「十字回廊」があります。 またまたガイドさんの提案で、十字回廊の天井を中心にして4人が東西南北に並んで撮影することに。かなり高度な技だと思うのですが、いともあっさりパチリ。
内戦によるものか、こちらの仏像には頭部がありません。
柱に落書きがあります。江戸時代の武士 森本右近大夫によるものです。1633年に第1次鎖国令が発令されますが、それ以前は朱印船貿易によって東南アジアの各地に多くの日本人が住み付いていました。十字回廊にあるこの落書きは1632年になされたもので、彼は鎖国令直前に帰国しています。
アンコール・ワットは3層構造で、最上部の第3回廊に5つの祠堂があります。
第2回廊に長蛇の列!
第3回廊への石段。人数制限をしながら入れています。
急な階段を上って第3回廊へ。
第3回廊は田の字をした方形で4隅に祠堂があり、真ん中に中央祠堂があります。
回廊の中を歩いていると、
涅槃仏が祀られていました。
ジャングルの中のバルーン。今朝、私達が体験したものです。
手前が第2回廊の建物、その向こうが第1回廊です。
向こうに西門と参道が見えます。
こちらが中央祠堂。地上からの高さ65mです。
石段を下りて、第2回廊から第1回廊へ向かいます。
第1回廊は東西215m、南北180mの長さがあります。
回廊の壁には、古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」や「マハーバーラタ」、「天国と地獄」、「神々と阿修羅の戦い」といった物語が描かれたレリーフが残っています。
その中で最も有名なのが「乳海攪拌」のレリーフです。 争いを繰り広げていた阿修羅と神々が戦いを中断し、協力して大蛇(蛇神ナーガ)の胴体を振り回して海をかき混ぜます。すると海は乳海となり、更に攪拌すると水の中から太陽や月、動物などあらゆるものが生まれる、というヒンドゥー教の天地創造の神話が描かれています。
こちらは猿の将軍ハマーン。アジア各地でよく目にします。
日の入りが近づいて来ましたが、生憎と西の空は曇りがち。
夕暮れ迫る逆さアンコール・ワット。
残念ですが夕陽に映えるアンコール・ワットは諦めて、アブサラダンスショーの会場へ移動します。
クーレン2レストランでアブサラダンスを鑑賞しながらビュフェスタイルのディナーを頂きます。
ビュッフェにはクメール料理をはじめとして世界各国の料理が並んでいます。
大きな会場で団体客がほとんど。私たちの席は残念ながら後ろの方です。
ステージ中央にはバイヨン寺院で見た四面仏が微笑んでいます。ショーは「天女の舞い」といわれる宮廷舞踊で、煌びやかな衣装をまとった踊り子が打楽器の音色に合わせて優美に舞います。
ホテルへ帰ると、部屋が1階のプールサイドに変わっていました。ニューハーフショーのすさまじい音楽は相変わらずでしたが、部屋に入ると何とか我慢出来ます。
翌朝。ロビーにきれいな花、何の花でしょう。
スタッフによると、ニューハーフショー側と話し合いの結果10時には終わるとのこと。実際は11時ごろまで行われていましたが、仕方ないでしょう。なんといっても、あの大音量はシェムリアップの夜を大いに盛り上げていますから。
本日も現地ツアーに参加してペンメリア寺院とトレンサップ湖を訪れます。
ペンメリアに到着。シェムリアップから東方面へ約60kmのところにあります。ペンメリア寺院訪問前に、10分ほど民家を見学します。
伝統的な高床式の家です。暑いですからね。それに、蛇など野生動物の侵入を防ぐことも出来ます。機械化された裕福な農家も見受けられます。
カンボジアの発展を妨げているのは内戦時代にバラまかれた地雷です。今なお数百万個の地雷が全土に埋まっていて、毎年多くの犠牲者が出ています。ドイツの支援による地雷除去の看板がありました。2003年に始まり、今も継続中とあります。
子供たちの教育も満足に行き届きません。給与が安いため先生のなり手がなく、海外からの支援に頼るしかないそうです。カフェ・モイモイの小出陽子さんのように。
田舎のコンビニ。
ペンメリア寺院へ向かいます。ペンメリア寺院はアンコール遺跡群のひとつとして世界遺産に登録されています。
いきなり瓦礫の山が目に飛び込んできました。
崩壊したままで、遺跡の石が雑然と積まれています。地雷の撤去作業が継続中でもあり、アンコール・ワットのように修復が進んでいません。
木やツタが絡み付き、今もなお浸食が進んでいます。
廃墟と化したまま、時が止まってしまったかのようです。
自然のまま残すか、修復するか、タ・ブローム寺院と同じように悩ましいようです。
板張りの通路に沿って見学します。
密林の中で木の根に飲み込まれた遺跡です。
天空の城ラピュタのモデルになったと言われるペンメリア寺院。
崩壊した石の上に佇む寺院とその寺院を包み込む樹木がラピュタの城を彷彿とさせます。
一度シェムリアップに帰り、昼食後、トンレサップ湖に行きます。途中で、露店を見つけました。
竹筒に豆ごはんを入れて焼いています。もち米、黒豆、ココナッツミルク、そして塩と砂糖で味付けして焼いた赤飯です。おやつ代わりに最高!
トンレサップ湖。シェムリアップから南へ10kmほどのところにある東南アジア最大級の湖です。
トンレサップ湖クルーズに出発。湖というよりは海のような感じです。
水に浮かぶレストランやマーケットがあります。
トンレサップ湖は乾季と雨季で湖の大きさが変わります。乾季は東京都ほどですが、雨季になると日本で2位の面積を有する岩手県よりも大きい湖になるそうです。
湖が季節によって大きく姿を変えるため、湖畔に住居を構えることが出来ず、人々は湖上で生活するようになりました。
水上の家々を回って生活品を売っている移動売店ボートもあります。
教会が見えます。他にも学校や病院、スーパーマーケットなどもあります。
トンレサップ湖には2万戸以上の水上家屋があるそうです。
湖の中に大きな建物が浮いています。展望台やレストランなどがあり、まるで湖上のオアシスです。
更に沖へ出ます。海の真っただ中にいるよう! 地平線も丸みを帯びて見えます。
先ほどの湖上のオアシスに戻って来ました。大きな筏に載せた建物をいくつも繋ぎ合わせて出来ています。
展望台。下では子供を乗せた小舟を器用に操っています。それにしても水が濁っています。
夕方5時頃で、夕陽を鑑賞するため多くの観光船が来ています。水上タクシーもいます。
展望台から見る湖上の集落。
こちらにも教会が。トンレサップ湖にはクメール人やベトナム人など多種多様な人々が生活しています。クリスチャンも多いようです。
ワニもいました。食用やワニ革製品用として養殖されています。この湖にもワニがうじゃうじゃいるのでしょうね。
湖に赤く染まる夕陽が人気のトンレサップ湖。まもなくですが、港に引き返します。
子供たちがいます。水上の学校ですね。壁に貧しい人たちへの支援を募る幕が張られています。
トンレサップ湖の日の入りですが、あいにくの曇りでした。
ホテルの近くに日本食居酒屋がありました。お座敷風ですが、道路から丸見え。
日本料理や、カンボジア、韓国、中国、イタリア、タイなどの多国籍居酒屋です。ビールのお値段はジョッキで1米ドル、100円ほどです。
餃子2ドル、たこ焼き2.25ドル。焼きそばやラーメンもありましたが、席を替えてパブストリートに行くことに。
パブストリート。世界各地からの観光客で賑わっています。
100mほどのこの通りにパブやバー、レストランが建ち並んでいます。
こちらのビールは0.5米ドル。50円とは、ビール天国です。参考までにマッサージも1時間5ドルという格安のお店があちこちにあります。
こちらはナイトマーケット。パブストリート周辺に5つほどのナイトマーケットがあり、土産物などを売っているお店が通りにズラリと並んでいます。ほろ酔い気分でブラブラしながらシェムリアップの夜を楽しみます。
カンボジア最後の朝です。
ニューハーフショー問題はありましたが、心温まるおもてなしで居心地の良いホテルでした。
朝食はいつも通りクメールお粥とアメリカンブレックファースト。
食後はベランダでパパイヤのデザート。昨日、市場で買って来ました。
ホテルの前のドクターフィッシュによるマッサージ。時間無制限とはいえ2ドルとは、ちょっとお高目!
土産物を探しにオールドマーケットへ。その前にパブストリート周辺でランチ。
パブストリート近くのオールドマーケット。大きな建物の中に小さなお店が所狭しと並んでいます。日用品から、生鮮食品や衣料、バッグ、貴金属と何でも揃っています。スパイスを探していると、日本では貴重な赤胡椒を見つけました。
チェックアウト。マンゴージュースとパイナップルジュースで最後のおもてなし。
ところで気になっていたことがあります。この花な~に?
するとスタッフが白い蓮の花を持って来ました。そして花びらを広げて折り始めました。
折り紙ならぬ、折り花。綺麗な花に大変身。
いろいろトラブルもありましたが、スタッフの心遣いに楽しく過ごすことが出来ました。
カンボジアを後にして次の訪問地ベトナムのハノイに向かいます。